- 1819年の「工場法」の成立により、それまで自由放任であった児童の労働に対する国家関与の原理が確立し、児童労働者への教育の道が開かれた。
- 1870年「初等教育法」(フォスター法)
- 1876年「教育法」
- 5歳から10歳までの就学義務が定められた。
アメリカ
- 18世紀末から約半世紀にわたる論争や抗争のすえ、公立小学校はすべての子どものためのものであること等を主張した公教育論が私教育論を抑え、その後急速に公教育制度が発達することとなった。
- 1950年代後半、スプートニク・ショック、ブルーナー
ロシア
- 1864年に「初等国民学校規定」が発布され、「初等国民学校は国民のなかに宗教的、道徳的観念が確立し、初歩的にして有用なる知識を与えることを目的とする」ことが規定された。
フランス
- 1792年「公教育一般組織に関する法案」を提出、コンドルセ
- 1880年代の三つの初等教育法の成立により、初等教育が民衆の当然の権利であることや、教育義務と教育課程の世俗性などが明確に示された。
ドイツ
- 1763年、世界初の「初等教育法」といわれる「一般地方学事通則」を制定。
- 1889年の「5月勅令」により、宗教、歴史教授を通じて信仰心、愛国心、国家社会についての健全思想を培養すること等をねらいとした臣民教育としての公教育制度が確立された。
- 1919年、「ワイマール憲法」
日本
- 1872年
- 学制
- 富国強兵策のうえから、統一的な国民教育を推進するために制定された。
- フランスの教育制度にならい、全国を大学区、中学区、小学区に分けた。
- 1879年
- 教育令
- 学制を廃止して制定、アメリカの教育制度にならった。
- 自由と自治を尊重した。
- 教学聖旨(大旨)
- 明治天皇の名で示した。
- 天皇が学校教育に直接的に干渉した最初のもの。
- 欧米の思想や知識を重視する学制期の教育は後退し、儒教道徳を中心とする国民教育へと逆戻りすることになった。
- 1880年(明治13年)
- 文部省は「改正教育令」を制定。
- 修身を主要科目とした国家主義の理念が示された。
- 1886年(明治19年)
- 伊藤内閣での初代文部大臣の森有礼は、「教育令」を廃止し、「帝国大学令」「師範学校令」「中学校令」「小学校令」を制定した。
- 尋常科、義務制、4年間
- 高等科、4年間
- 1889年(明治22年)2月11日
- 大日本帝国憲法発布
- 1890年10月30日
- 教育勅語
- 教育の基本方針を示す明治天皇の勅語である「教育ニ関スル勅語」を発布。
- ヘルバルト派の5段階教授法を導入。
- 1893年
- 文相に就任した井上毅は、実用に即する人材を育成する観点から実業補習学校・徒弟学校・簡易農学校などの実業学校を制度化するなど、特色ある改革を実施した。
- 1913年
- モンテッソーリ・メソッドが導入された。
- デューイの弟子であるキルパトリックによる、プロジェクトメソッド(子ども自身の計画や考えに基づく問題解決学習)も導入された。
- パーカストのドルトン・プラン(子どもの個性や成長段階など個人差を重視した自学システム)も導入された。
- 1917年に臨時教育会議がもうけられた。
- 首相直属の諮問機関で、日本の教育の改革をめざした。
- 第一次世界大戦終了後の教育制度・国民道徳の再編に向け、多くの建議が提出されている。
- 1918年
- 大正デモクラシーのもとで、鈴木三重吉が中心となり「赤い鳥」が創刊されるなど、大正新教育運動といわれる動きが展開された。
- 新教育の実践を目指し、自由学園や成城学園など、多くの私立学校が創設された。
- 八大教育主張講演会において、子どもの自由で創造的な学習活動を促進する教育論が展開された。
- 1946年
- 教育刷新委員会は、都道府県及び市町村に地域住民の選挙による教育委員会を設けて教育に関する議決機関とする構想を示した。
- 1947年(昭和22年)5月制定の学校教育法施行規則
- 小学校の教科は、国語、社会、算数、理科、音楽、図画工作、家庭、体育、自由研究
- 1948年(昭和23年)度から実施された新制の高等学校の原則
- 総合制、学区制、男女共学制
- 1949年
- 教育刷新審議会
- 1952年
- 中央教育審議会
- 1984年
- 臨時教育審議会
- 2006年
- 教育基本法改正